Vol.1 ビジネス書の王道は、司馬遼太郎にあり

(わいは我慢屋じゃ。我慢さえすれば銭が入る)
簡単明瞭な渡世法である。
やがて血が流れてきて、きのうと同じように河童ばくちの連中はおぞけをふるって手をひいた。
「汝(われ)ア、なんじゃ」
「万吉じゃ」
そのすきにも、ざらざらと懐へ銭を入れている。
ぱっ、と足で頭を蹴った者があったが、万吉は顔色変えずに銭つかみの作業に没頭していた。
(『俄[にわか]-浪華遊侠伝-』司馬遼太郎 著/講談社文庫)
現在、書籍の発行点数は1年間で約8万タイトルが刊行されている。これは、私が出版社に入った96年当時が4万タイトルだったことを考えると尋常ではない数字だ。年々の書籍の売上は下がり、書店も消えていく現状の中で、このようなアンバランスな需給では、読者は到底本を選ぶことができないだろう。
本連載は、そんな皆様に代わってプロの書籍編集者がセレクトした「はずさない」本をご紹介することにしよう。
第一回目は、司馬遼太郎の『俄(にわか)』を取り上げたい。
えっ、それはビジネス書ではないのでは? そういった声も聞こえてきそうだが、司馬遼太郎は、ビジネス自己啓発書というジャンルを切り開いたフロンティアと位置づけられよう。その証拠に調べていただければわかるが、司馬遼太郎の本を薦めているのは、たいてい経済界のドンたちである。なぜ、そのような人々が司馬遼太郎に夢中になるのかは、明白な理由がある。
司馬遼太郎の小説は、基本的に「仕事」を中心に記述されたものであり、とくに忍者小説の『梟の城』や戦国時代小説の『国盗り物語』などは、人間心理や戦略というものを巧みに描き、組織人の心を掴んで離さない。そのドキドキワクワク感というものは、私たちが仕事で一喜一憂するそれと近いものがある。
この本のタイトルになっている「俄(にわか)」というのは、江戸時代に路上などで行われた即興劇のことである。つまり、この小説は、そういった即興劇がいくつも折り重なった壮大な抒情詩のようなものであるのだ。
サブタイトルに「浪華遊侠伝」とあるように、幕末から明治にかけてのヤクザ一代記といえる。ただし、ただのヤクザではない。ヤクザというより、起業家に近い。主人公の明石屋万吉は、わずか11歳で殴られることを商売とする「我慢屋」を開業し、その後、けんか屋、極道、戦争屋、侍、相場師、消防団、授産場など、人から頼まれたら何でも引き受け、常に死と隣り合わせの仕事をやってのける。荒唐無稽ぶりもここまで来ると笑うしかない。
漢(おとこ)の中の漢(おとこ)という表現は死語に近いが、明石屋万吉という男は、そういった史上稀にみるヒーローとして描かれている。この男の生き様を見ると、むくむくと野生の血が湧き立つのではないだろうか。
現代人が忘れてしまったもの。
それは、損得なしの生を生き切ること。
そこに意味性は全くないのである。
即興とは、ある意味、瞬間のアートともいえる。
ただそこに華が咲いているだけなのだ。
この明石屋万吉という主人公が繰り出す行動や言動は、まさに即興アートなのだ。そういった俄を演じきった、全く打算のない生き方こそ、私たちが失った精神である。
少し前の過去の日本を振り返ることで、我々日本人の先達が遺した多くの宝があると知るのである。